松前藩(まつまえはん)は、現在の北海道松前郡松前町 (北海道) 松前町に居所を置いた藩である。藩主は江戸時代を通じて松前氏であった。
後に城主となり同所に松前城 松前福山城を築く。居城の名から福山藩とも呼ばれる。慶応4年、居城を領内の檜山郡厚沢部町の館城に移し、明治期には館藩と称した。松前氏の家格は外様大名の1万石格、幕末に3万石格となった。
松前氏は、もと蠣崎氏、さらにその前は武田氏の出で、戦国時代 (日本) 戦国時代に武田信廣が現在の渡島半島の南部に支配を確立した。豊臣秀吉に臣従し、慶長4年(1599年)に徳川家康に服して蝦夷地に対する支配権を認められた。江戸初期には蝦夷島主として客臣扱いであったが、五代将軍徳川綱吉の頃に交代寄合に列して旗本待遇になる。さらに、享保4年(1719年)より1万石格の伺候席#柳間 柳間詰めの大名となる。
更新日時:2006-09-09T04:05:59+09:00
Wikipedia日本語版「松前藩」より