松平泰親(まつだいらやすちか、乾元 (日本) 乾元元年(1302年)? - 天授 (日本) 天授3年/永和 (日本) 永和3年(1377年)?)は、室町時代初期、14世紀後半から15世紀初め頃の三河国の武将で、江戸時代に作成された系譜において松平氏の第二代目とされている人物である。生没年は息子とされる松平信光の生年と合わない事から、異説も有る。正式な名のりは在原泰親(ありわら・の・やすちか)。
泰親は、松平氏初代の松平親氏の弟とも嫡子とも言われている。弟であるとすれば父は世良田氏 世良田有親ということになる。親氏が松平郷(愛知県豊田市松平町)に松平城(郷敷城)を築いて近隣の諸領主の平定に乗り出すと、泰親は親氏を助けて活躍した。
更新日時:2006-01-30T01:16:18+09:00
Wikipedia日本語版「松平泰親」より