松村明仁

松村明仁(まつむらあきひと、1941年6月13日 - )は医師(医学博士)、元厚生官僚。
薬害エイズ事件当時の厚生省生物製剤課長。薬害エイズ訴訟において加熱製剤認可後も危険な非加熱製剤の回収命令を出さず被害を大きく広げたことにより、特に患者2名の死について業務上過失致死罪に問われ被告人となった。
1975年1月厚生省公衆衛生局保健情報課長補佐として入省
1977年環境衛生局食品衛生課長補佐
1979年公衆衛生局地域保健課長補佐
1981年山口県衛生部長(出向)
1984年7月16日( - 1986年6月29日)薬務局生物製剤課長
1985年7月1日加熱血液製剤の認可
1986年6月30日健康政策局指導課長
1988年労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課長

更新日時:2005-09-08T01:46:46+09:00
Wikipedia日本語版「松村明仁」より