『織田信孝』より : 織田 信孝(おだ のぶたか、永禄元年(1558年) - 天正11年(1583年))は、安土桃山時代の武将。伊勢国中部を支配する神戸氏 神戸(かんべ)氏を継いでいたため、神戸信孝とも言う。
織田信長の三男として生まれる。母は側室の坂氏。幼名は三七郎(3月7日生まれだったためとも)。信長の息子たちの中で一番容貌が父に似ていたと言われ、英雄百人一首に描かれている肖像は(服装を除けば)若き日の信長に酷似している。実は次男織田信雄 信雄より20日あまり先に生まれていたが、母の身分が低く、また信長に報告するのが遅かったため、三男とされたとも言われる。
1568年、父の織田信長が伊勢国を平定した際に、降伏した神戸城(三重県鈴鹿市)城主神戸具盛の養子となり、神戸氏を継ぐ。
更新日時:2003-11-18T13:58:46+09:00
Wikipedia日本語版「神戸信孝」より