綏靖天皇(すいぜいてんのう、神武天皇29年(紀元前632年)- 綏靖天皇33年5月10日 (旧暦) 5月10日(紀元前549年6月28日))は、『古事記』『日本書紀』に記される第2代の天皇(在位:綏靖天皇元年(紀元前581年)1月8日 (旧暦) 1月8日 - 同33年(紀元前549年)5月10日 (旧暦) 5月10日)。神渟名川耳尊(かむぬなかわみみのみこと)・神沼河耳命(古事記)。いわゆる欠史八代の1人で、実在しない天皇と捉える見方が一般的である(実在説もある)。
神沼河耳(かむぬなかはみみ)命、葛城(かずらき)の高岡宮に坐しまして、天の下(あめのした)知(し)らしめしき。この天皇、師木県主(しきのあがたぬし)の祖(おや)、河俣毘賣(かはまたびめ)を娶して生みませる御子、師木津日子玉手見(しきつひこたまでみ)命。(分注、一柱)天皇の御年、四十五歳(よそぢまりいつとせ)。御陵は衝田(つきだ)岡にあり。
更新日時:2006-09-08T11:32:44+09:00
Wikipedia日本語版「綏靖天皇」より