足利学校(あしかががっこう)は、平安時代初期、もしくは鎌倉時代に創設されたと伝えられる中世の高等教育機関。室町時代から戦国時代 (日本) 戦国時代にかけて、関東地方 関東における事実上の最高学府であった。
下野国足利荘五箇郷村(現栃木県足利市)にあったが、明治初期にはほとんど建物があるだけになっており、明治5年(1872年)に廃校になった。以来孔子廟などわずかな建物を残すのみであったが、1990年に方丈や庭園が復元され、公開された。今日では足利市の生涯学習のよすがとして、足利市教育委員会によって管理されている。
足利学校の創建年代については諸説あり、長らく論争となっている(本項の#論争 論争の節を参照)。
更新日時:2006-08-13T03:52:33+09:00
Wikipedia日本語版「足利学校」より