足利将軍家 (あしかがしょうぐんけ) は、足利氏の惣領家(宗家)のうち、とくに足利尊氏以来の、代々室町幕府の征夷大将軍 将軍職を世襲した一家のことである。初代尊氏の後は二代として長男足利義詮 義詮が継ぎ、三代足利義満を経て、十五代足利義昭 義昭まで続く。
尊氏の三男足利基氏 基氏は鎌倉公方となって関東地方に下向し、鎌倉公方足利家を起こす。また、六代義教の子足利政知 政知は堀越公方を称して伊豆国 伊豆に下向するが、北条早雲に滅ぼされて二代で絶えてしまった。
義昭の死後、足利氏の宗家の地位は鎌倉公方の後裔喜連川家が継ぎ、足利将軍家は絶えたかに見えるが、薩摩藩士永山家が義昭の子孫を称しており、また阿波国では足利義維の子孫が江戸時代末まで平島(平島公方)と姓を変え続いていた。
更新日時:2006-06-28T12:20:39+09:00
Wikipedia日本語版「足利将軍家」より