足利 高基(あしかが たかもと、文明 (元号) 文明17年(1485年) - 天文 (元号) 天文4年10月8日 (旧暦) 10月8日(1535年11月3日)、在位1512年~1535年)は三代目古河公方。足利政氏の長男。初名は高氏。
父と上杉氏の方針等をめぐって、不和になって対立し、一時、宇都宮氏のもとに身を寄せたこともある(ちなみに、この高基と政氏の争いのさなかに、高基の弟・足利義明は謀反を起こして独立し、小弓公方となる)。
その後、1512年に古河公方として後を継ぎ、扇谷上杉家や山内上杉家と対抗するために北条氏綱と同盟を結んで、勢力拡大に奔走した。後に山内上杉家とは和解して次男足利晴直(上杉憲寛)を同家の養子としている。晩年には息子の足利晴氏とも対立している。
更新日時:2005-12-25T21:26:16+09:00
Wikipedia日本語版「足利高基」より